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志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

いまだに「湾岸スキーヤー」が何者なのかわからない

真冬なのである。

眠いわ寒いわでたいへん困っている。

こんなときに威力を発揮するのが鍋だ。

わざわざガスコンロを出すのもめんどうなので、台所でつくったものを

テーブルの上にドカンと置く方式。

追い焚き機能のない風呂桶が食卓に載るような感じ。

これがとても切なくて、よい。

 

白菜を中心に具材を適量投入するわけだが、ここで「春雨ポン!!」が効いてくる。

なんたるネーミングセンス。今どき「ポン!!」はないだろう。

でも、こいつがなかなか芸達者なやつなのだ。

10g × 8個の球状の春雨は、鍋、スープ、麻婆大根等に便利。

お腹にやさしく、満腹感も得られる。

皆さんもド派手にポンポンするといい。

別にそんなに楽しくないぞ。

 

10 × 8で思い出した。

昨年末から80年代の再評価がマイブームなのです。

ちょっとまだうまく言語化できないのだけれども、バブルがはじける前後の

浮ついた哀愁には多くのヒントが隠されていると思う。

とくに89~91年頃って素材が豊富にあるわりに、議論が足りていないんだよねぇ。

 

僕は80年生まれなのだが、どんな人にとっても、自身の0~10才の頃の風俗を検証する作業は興味深いと思う。

子供なんて自分のことで精いっぱいな生き物ですよ。

「カルチャー」を客観的に見渡す余裕など、あるはずもない。

なめ猫YMO、パルコ文化……だいたいの知識は後付けで得たものだ。

これらの事柄がテレビ等で紹介されるたびに、とても新鮮な気持ちになる。

物事に生々しさがともなうようになるのは、90年代に入ってからだ。

自分が生まれる前のことについては、冷酷なまでに他人事として処理できる

一面もあるのだが。

 

だらだらと書いてしまった。

すべては寒さのせいです。

これからさまざまな90年代論、ゼロ年代論(この言い方きらい)、テン年代論(この言い方もっときらい)が出てくるとは思うが、単なるデータ処理に終始せず、

血の通った証言を残してきたいものですね。

みんなで爪痕残そうぜ!

 

 

 

1995年 (ちくま新書)

1995年 (ちくま新書)