志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

はな子さん

録画しておいたNHKの「ドキュメント72時間」、ゾウのはな子の回をようやく見た。

舞台は東京・吉祥寺の井の頭自然文化園

国内最高齢のゾウを見に来る人々のさまざまな想いが感じられて、

いつしか僕の目は潤んでいた。

(まさか、こんなに泣くとは思わなかった。)

 

自分と同い年だとガハガハ笑うおばちゃん、会社の愚痴をぶちまけるおじさん、

付き合いたてのかわいらしい高校生カップル、巨体を目の前にして驚きを隠せないお子様。

人生、いろいろある。

そのいろいろの人生を、はな子がじっと見つめ返していたんだと思うと、

胸を打たれるものがあった。

 

ご存知のとおり、はな子は先日、息を引き取った。

いつかこういう日が来るんだろうなとは思っていたが、

”こういう日” は突然訪れるもの。

大往生と言う人もいるけれど、あの大きな体が極めてマイペースに動くのを、

もう見ることはできない。

寂しい。 

  

わが家では、数年前から井の頭自然文化園の年間パスを利用していて、 

この真冬の撮影日、たまたまはな子を観に行っていたのだ。

「ものものしい取材班が来てるなぁ」と 首をかしげながら、「室内」で

彼女に謁見したのを覚えている。

悟りの境地に達したかのような白い身体には、眺めるだけで癒しの効果があった。

もはや、霊的な領域。

最大級の敬意をこめて、「はな子さん」とさん付けしたくなるような風格が

彼女には備わっていた。

 

悲しくなるだろうから、しばらく近づかないでおこうとも思ったが、

今週、ささやかなカーネーションをお供えしてきた。

テントの下の献花台にそっと花束を置き、目を上げると、 

無数の花や果物がはな子の運動場に広がっていた。

その光景が綺麗で、とてつもなく静かで……。

 

鳥の鳴き声に木々の揺れる音が混ざる。

遠くから、電車のガタンゴトンが聴こえる。

はな子を失ったことよりも、はな子が何を与えてくれたか。

それを考えながら、元気に前へ進んでいこうと決心した一日だった。

 

ありがとう。