志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

僕と英語【第1回】

 寒い、眠い、体力がない。気力はあるが、レスポンスが悪い。そんな2月でした。ボヤボヤしている間に、今月も終わってしまう。頻繁に更新する意志があっても、意志だけではブログは書けない。毎日のようにこまめに発信を続ける人のことを心底尊敬する。書いては消し、書いては消ししながら、ようやくここまで辿り着きました。

 まあ、別にのほほんと過ごしていたわけではなくて、それなりに課題が山積みなのであった。実は去年の春あたりからガッツリ英語を使った仕事をしていて、その作業にようやく慣れてきたかなというところ。察しのよい方はすでにお分かりだったと思うが、なかなか物書き一本でやっていくのは厳しい世の中でして、僕も例にもれず最低限のなりわい的なものをやっていかねばならない。ねばねば。

 いかん、このままだと暗い話になってしまうな。確定申告の時期は、どうにもむずがゆくなる(悪いこと何一つしてないのに!)。フリーランスの物書き業についての思うところはいずれお話しするとして、近頃、急に使用頻度の増えた英語のことをちょっと書いておきたい。

 小5から1年間アメリカに住んでいたし、大学と大学院は日本にいながらにして日常的に英語が聞こえてくる環境だった。傍から見れば十分に恵まれた背景を持っているのだが、この点がコンプレックスの源といえる。僕は皆さんが思うほど英語の能力が高くはない。そして、決して低くはない。このジレンマにずっと悩まされてきた。

 多感な時期に現地校で生活したことは確かにプラスの経験なのだが、2~3年英語圏で暮らしていた帰国子女と比較すれば、英語力の差は歴然としている。これが5年以上の海外経験、あるいは「高校まで日本にいませんでした~」系の方々と対峙した場合、差は歴然どころか、月とすっぽん以上の隔たりを感じてしまう。残酷なものなのです、語学というのは。

 高校までは英語が得意科目だったのだけれど、大学入学後は「THE 有象無象」的な位置に落ち着いてしまった。なにせ周りは英語ができて当たり前の人たちばかり。1~2年生の頃の英語のクラスはそれなりに気合いが入ったものだが、それ以降はやる気なしと言っても過言ではない。というか、どうしても越えられそうにないネイティヴ・レベルの壁を感じ、スネていたんでしょうな。若さゆえのこじらせであった。

 卒論は必要に迫られて英語で書いたのだが、思い出したくないほど硬直した文章だったと思う。約10年以上に及んだ大学院生活では、研究分野の関係で(?)日本語力を磨くことを主眼としていた。日本語の美しさというと聞こえは良いのだが、要するに日本語に逃げていただけであって、英語をはじめとする外国語への関心や憧れがどんどん薄れていったのがこの時期。卒業後に海外で揉まれて大活躍している友人たちもいるというのに、なんてことでしょう。

 自分はいったい、何ができるというのだ? 英語にまつわる僕の長所と短所を簡単に挙げると、こうなる。

 

【長所】

・1年の海外経験にしては、わりと綺麗に米東海岸風の発音をする。

・カラオケやコピーバンドで英語詞をそれっぽく歌える。

・ざっとではあるが、英語で調べ物ができる。

・必死のジェスチャーを交えながらであれば、道案内や居酒屋での会話ぐらいはできる。

・自分の英語の「できなさ」がわかる。

 

【短所】

・気の利いたとっさのひと言が出てこない。

・知っている単語や熟語が少なく、「翻訳できます!」と自信を持って言えない。

・くだけた表現(スラングとか)をまるで知らない。

・すごい端折った通訳ならできるが、同時通訳みたいなことはできない。

・度胸がない。

 

 とまあ、自分の能力を整理してみて思ったが、「できないことはできない」とか「上には上がいる」と自覚しておくことは非常に大事ですね。思えば、僕は小学生の頃から、身振り手振りでどうにかしてきたタイプだった。受験勉強というものがとにかく嫌で、真面目に単語帳(「ターゲット」や「DUO」など)を覚えた経験がないのだ。おっさんになってから自発的にTOEICを受けてみてわかったのだが、語学に関しては、粘り強い勉強がどうしても必要になる。巷に溢れるTOEICスコア高得点者って、実は並々ならぬ努力をされているんだなと痛感する。ちなみに僕のTOEICスコアは微妙すぎて「お……おう……(頑張れよ)」という反応が返ってきそうなので割愛。

 かつては英語を愛していた。大人になったら英語で十分に意思疎通ができて、アメリカ時代にお世話になった人たちに「やあやあ」とか言いながら恩返しができるものだと思っていた。なんでしょう、このていたらくは。僕はなんだか遠い地点に放り出されてしまったような気がする。

 コロナ下で僕がやり始めたことのひとつが、毎日少しずつでも英語に触れることだ。それがまさか仕事に繋がるとは思ってもみなかったけれど、丹念に言葉と向き合っていると、脳が悦ぶような瞬間がある。

 いつか彼方で叶えたい目標は、通訳なしで海外アーティストにインタビューすることだ。というか、僕はそもそも、いまだに海外アーティストに取材したことがないのだった。まずは、その取材当日の段取りを押さえることから始めないといけませんな。

 この記事を書いているうちに、英語にまつわるあれこれを思い出してきたぞ。長くなってしまったので、次回以降のネタとしようと思う。