4月の終わりから5月の中旬にかけて、散々の体調だった。鼻風邪が治りかけたかと思えば、新たな鼻風邪に追撃される、というパターンを数回繰り返して、ヘトヘトの極み。人間、体力が奪われると思考も鈍くなるもので、何かを発信するのも億劫になる。そんな5月だったが、体調不良がほぼ完治したところへ、立て続けに素晴らしいライヴ(GUMMY、DEFTONES、メリー/Psycho le Cému、人間椅子)を観て、一気に上昇気流に乗った気分だ。記憶が新鮮なうちに、あの光景を記録しておかねば。
感想を分かち合ったり、お土産話を披露したりするうちに「もしかして、自分はとんでもないものを観てしまったのかもしれない」と遅ればせながら気づくライヴが稀にある。とにかく、あまり経験したことがないタイプの余韻が、終演から2週間ほど経った今も体の中に残っているのだ。
DEFTONESのジャパン・ツアー初日、東京ガーデンシアター公演を観た。15年ぶりの単独公演だそうだ。東京と大阪は大入り満員、最終日の名古屋も大盛況で、「まさかこの規模の大会場が埋まるとは……」と驚いたファンも多いのではないか。自分もその一人である。僕にとっては、今回で通算4度目、単独公演では2011年の渋谷クラブクアトロ以来だ。アルバムでいうと『DIAMOND EYES』の頃。アルバム・ジャケットのフクロウがデデン!とプリントされたTシャツも買ったなぁ。2013年のオズフェス、2016年のノットフェスでも観るには観たが、いかんせん、出演時間が短くて不完全燃焼だった(と言いつつ、どちらのフェスでも、ちゃっかりTシャツは購入)。このバンドに「浸る」ためには、フルサイズの演奏時間が必要なのだと感じた次第。
今回のDEFTONES来日公演は、興行的な成功を収めただけではなく、2026年という時代の持つ意味を考えさせられる出来事だった。かつて、ここまで多くの人々がDEFTONES目撃の衝撃を口にしたことがあっただろうか。いや、ない。終演後、SNSに投稿される感想の一つひとつが興味深くて、「みんな、イイこと言うなぁ」と妙に感心してしまった。ライヴの感動をかなり正確に言語化できている人が多かったのだ。
率直に言うと、いつの間にこんなに大人気のバンドになったのか、不思議でたまらない。「TikTokから火がついた」とか「若いコを中心に再評価の機運が高まった」とか言うけれど、本当に本当なの? 答えは会場にあった。どうやら、どの噂も本当らしい。海外からのお客様の数が目立つ。アジア、欧米など、地域も多様だ。その中には牧歌的な家族連れもいるし、ゴスの装いでまとめた10代や20代の女の子もいる。ますます謎は深まるばかりである。日本人はといえば、メタル愛に満ちた人もいれば、オルタナ寄りの風貌の人もいる。バンドTシャツを着ていなくとも「RADIOHEADやMY BLOODY VALENTINEが好き!」という思想が滲み出ている人もいる。要するに、老若男女問わず、幅広い層がDEFTONESを支持している。この人たちは普段、日本のどこに潜んでいるのだろう?
そもそも、DEFTONESって、知る人ぞ知るバンドだったはず。そんなことはないですか? うーん……。たとえば、SLIPKNOT、KORN、LIMP BIZKIT、LINKIN PARK、SYSTEM OF A DOWN等々、90年代末から00年代初頭にかけて登場した「ヘヴィな」バンドの「わかりやすさ」に比べれば、DEFTONESは通好みというか、ミュージシャンズ・ミュージシャン的な側面が強い存在だと思っていた。ここに列挙したバンド(TOOLを加えてもいい)が「ヘヴィ」でありつつも、キャッチーな必殺曲を多数持っているのに対して、DEFTONESは甘く妖しい浮遊感が特徴で、当時20代の僕は「バンドの見た目と曲が合ってない」とさえ感じていた(と同時に、「そこが魅力なのかも」とも)。CDを聴けば聴くほど、ライヴを観れば観るほど、どんどん気になる存在になっていく。それがDEFTONESの魔力だったかと思う。
最新アルバム「PRIVATE MUSIC』(2025年)が内容・アートワークともに大変好みだったので、僕はグッズが欲しかった。どのライヴでも、SNSにおける物販情報の解禁を心待ちにしているのだが、公演直前に発表されたラインナップを眺めて、「どれも自分には似合わない、これは自分の趣味ではない」と強く言い聞かせた。必殺「買ったつもり貯金」である。せめて、『PRIVATE MUSIC』の世界観ど真ん中の、ヘビが前面に出たデザインのものがあればなぁ。正直に言えば、いずれのグッズもちょっとダサ……いやいや、売場で実物を見た時には一瞬、購買意欲が増したのだ。というのも、画像で見るよりも、布にプリントされた質感が気に入ったからだ。だが、「デフトーンズ」とカタカナ(フォントが本当にどうかと思う)で書かれたTシャツを着こなす度胸は僕にはなかった。
東京ガーデンシアターに来るのは、2025年2月の黒夢以来、2度目だ。あの時は相応に緊張していたため、周囲を見回す余裕がなかったが、ここは非常に天井の高い会場だ。今回はクリエイティブマン会員先行で取ったS指定席15,000円也。「なんて席運が良いのでしょう!」と小躍りしたくなるような、3F第1バルコニー前方のど真ん中というポジションだった。視界良好。
客入れBGMの選曲およびつなぎ方が凝っていて、開演前のひと時も音楽的に充実している。不勉強なもので、ほとんどの曲を知らなかった(だが、そこがいい)。ひとつ発見したのは、ENYAの「Caribbean Blue」を爆音で聴くと、心身ともにスピリチュアルな領域まで「持っていかれる」ということ。他の「ヘヴィな」バンドのコンサートでは得難い音楽的体験だ。
ソールドアウトなので当然といえば当然だが、スタンディング・エリアにはぎっしり人が詰まっている。今となっては渋谷クラブクアトロで観られたことが信じられない。15年経って、10倍のキャパの会場を埋めるだなんて、あの時は考えもしなかった。
ショウが始まってしまえば、アンコールを含めて約90分、ずっと心地よく爆音に揺られる旅だった。特に、VJ的手法を駆使した映像と演奏のリンクが素晴らしく、まったくもって、大規模スクリーンと照明の妙が似合うバンドなのだなと感心しきり。音像の点でいえば、特にドラムの音の抜けが良好で、いつまでも浴びていたいタイプの轟音だった。なるほど、ドリーム・ポップやシューゲイザーといったジャンルを持ち出してきてDEFTONESを語る人もいるが、ここは一発、難しいこと抜きにして「ロック!」でいいんじゃないですかねぇ?
僕は20代の頃、DEFTONESを就寝時BGMにしていた時期があって、ライヴ中、急にそのことを思い出してしまった。たとえば、BON JOVIやKISSのライヴのようにシンガロングする快楽がある一方で、シュワシュワの微炭酸に浸りつつ「このまま寝てもよいかな?」とさえ思えてくる気持ち良さ。アルバム全体、あるいはライヴ全体にLED ZEPPELINの「No Quarter」に通じる浮遊感があるといえばいいのか。僕にとって、DEFTONESは能の幽玄に似たバンドなのだ。周囲のバルコニー席では、座ってまったり観賞しているファンが多かったのも印象的。大学院生の頃の僕は月に1度以上能楽堂に通っていて……おっと、話が脱線しそうになった。
セットリストに関しては、文句のつけようもなかった。僕は「7 Words」さえ聴ければよいという軟弱者なのである。たしかに、最新作『PRIVATE MUSIC』の曲をもっとたくさん聴きたかったが、「今まで生で観たDEFTONESのライヴの中で一番!」という思いは揺るがない。また、DIR EN GREYの薫さんがおっしゃるように「Knife Prty」もやってほしかった(この辺の事情は「薫 Knife Prty」で各自検索のこと)けれども、そういう巡り合わせもライヴというものの醍醐味かと。そういえば、DIRのファンで今回のDEFTONESを観に行った人たちもかなりの数にのぼると想像するが、どうなんでしょうね? 彼ら彼女らの感想をじっくり聞いてみたい。
長文になってしまった。ライヴは気持ち良かったが、帰りのりんかい線の混雑ぶりには閉口した。大学生らしき男2人女1人のグループが今宵のライヴの興奮を大声で語り合っている(ギュウギュウ詰めの車内ドア付近で)。「いやー、よかったな! あの『アーアー』ってやつがよかった!」「『ア~ア~ア~』でしょ? あれ、最高だったよ」「うんうん、『アァ~アァ~ア』ね!」どの曲かはわからんが、初めて目撃したDEFTONESという存在に打ちのめされていることはよく伝わった。彼らのように、いつでも無防備に心が開かれている状態でありたい。