志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

ペーパードライバー狂習【短期集中連載:第3回】

 文字通り「ほうほうのてい」で1コマ目を終えたわけだが、5分後には2コマ目の始まりだ。ロンドンバスを改装した待合室(このあたりの趣味がよくわからない)で学生さん達とともに待機。場内を何周かしただけなのに、全身が筋肉痛である。ハンドルを持つ手に無駄な力が入っていた証拠だ。帰りたい。
 予鈴が鳴って、またまた教官がズラリである。なんだか、お見合いパーティのよう。合同結婚式に似たグルーヴさえ感じる。まあ、そんなことはどうでもよくて、2コマ目の担当は、身の丈190cmはあろうかという好青年だった。「バスケですか? バレーですか?」という頭の中の質問を打ち消し、軽やかに挨拶。見た目が鈴木亮平に似ているぞ。僕は先日、映画『孤狼の血 LEVEL 2』で暴力の限りを尽くす彼を観たばかりなので、興奮した。雨はますます強くなる。こんなんで路上に出て大丈夫なのか。
 さっき22年ぶりに運転して胃が痛いですよぅ、お手柔らかにお願いしますよぅハハハなどと、簡単に自分の置かれている状況を説明。教官が変わる度に「はじめまして」なので、自己紹介が肝心だ。「夜で大雨! 練習するには最高のシチュエーションですよ!」と鈴木亮平氏が励ましてくださる。どうやら優しい方のようで、ホッとした。今日はツイているかもしれない。
 路上に出るにあたり、点検が必要とのこと。まずは運転席まわりの調整なのだが、相変わらずチンプンカンプンだ。シートもミラーも自分なりに動かしてみるが、結局元の位置に戻っただけで、「何かやった感」が漂うのみ。ハンドルの位置を決めるにあたっては、かなり狼狽えてしまった。あまりの「使えなさ」っぷりに、さすがの鈴木亮平氏も呆れたような態度になってくる。
 けっこう驚いたのは、タイヤ及び前後のライトをしっかり点検すること。22年前にこんなことやったかな? という案件だが、鈴木亮平氏は抜かりない。彼の指示通りにタイヤを指差確認し、ライトを付けたり消したりしてみる。ほぼ初めての夜間走行、大丈夫なんだろうか。
 場内を軽く一周……することもなく、いきなり路上へと誘導される。コースを外れ、いざ教習所の出入口へ。今日が自分の命日!とばかりアクセルを踏み込んだ。
 この教習所の出入口というやつが本当に曲者だった。河川敷の土手を乗り越えると同時に左折する必要がある。しかも、出てすぐの道が極端に狭いときている。少し進むと高架下で対向車とバンバンすれ違うのだが、そのスリルたるや。この時、自分では徐行運転しているつもりだったのだが、「ここはゆっくり行きましょう!」と注意された。ハンドルも少し修整される。左前方の壁にぶつかりそうになっていたのだ。ガラス製の我が心にヒビが入る音がした。
 さて、駅前の賑やかな交差点に出たわけだが、わー教習所と違うぞう、人間など簡単に吹き飛ばせるぞうと全身が冷たくなった。何度でも言う。早くお家に帰りたい。
 そしてヨタヨタ住宅街へ。指示されたコースを走ることはできるのだが、周りが全然見えていないという自覚がある。そんななか、歩行者は「車のほうが避けてくれるでしょ」という態度で困った。信号のない横断歩道なんて、おばちゃんやりたい放題だ。そこへベビーカーが飛び出してきて、ひゃっほう! ホント、みんな何も考えていない。「アホなの? 死にたいの? 頼むよ!」などと脳内でわめく自分が一番アホなのかもしれない。この間も鈴木亮平氏の的確かつ冷静なツッコミが入るわけで、僕はどんどん小さくなっていった。
 後日わかったことなのだが、初回にしてわりと交通量の多い街中を走らされていたらしい。それに加えて、夜間の雨のカオス。路面に引かれた白線が光って見えなかったり、そもそも線がかすれていたり。言い訳無用だけれど、昼間のうちに走行コースの特徴をつかんでおく必要があると思った。
「ちょっとこの辺で道の端に寄って、停めましょうか」わー、何か怒られるんだろうか。長身を活かした頭突きなどで攻撃されたら、ひとたまりもなかろう。「ウィンカーを出す時に、ハイビームが出ちゃってますね」ああ、これは1コマ目から自覚があったんですが、路上に出るにあたって、負のループにハマっちゃったんですねぇ、どうしましょうかねぇ……。「手癖」の一言では片付けられない操作ミスである。右のウィンカーを出す時に、なぜかレバーをグイッと前に押し込んでしまう傾向があると指摘され、なるほど。「ハンドルに沿わせるように、チョンっでいいんですよ」とアドバイスを受け、停車中の車内でせっせと練習してみる。こんなこともできないのか43歳。恥ずかしくて死にそう。そして、焦れば焦るほど前方を照らすハイビーム。「Uh-HIGH BEAMS Uh-HIGH BEAMS……」清春さんの艶やかな姿かたちが走馬灯のように再生される。この後ずっと、黒夢の名曲「BEAMS」が頭から離れない教習となった。
「いや、それにしても、22年ぶりに何かを再開する勇気がすごいですよ。22年前に習ったことをもう一度甦らせるなんて、なかなかできないことですよ!」鈴木亮平氏から渾身の慰めを頂き、おおいに恐縮してしまった。彼いわく、30代40代でペーパードライバー教習を受ける人は多いのだそうだ。みんな、親の介護やら育児やら、人生の一大事に立ち会って気合いを入れ直すのだそう。若い人や女性ならともかく、おっさんでペーパードライバー教習を受けるケースは稀であろう。はよ帰りたい。
 それにしても1コマ50分の教習はあっという間だ。ハンドルを握る手のこわばりが一向に解けないまま、終了時刻が近づく。「そこのミラーが立ってるところを目印に右に曲がってくださいね」と言われ、ハイハイ右ですね……って、ここからは道が無いように見えるけど、大丈夫なのっ!? 「ここが入口ですから、右にハンドル全部回してっ!」と言われましても。侵入者を拒絶する罠のごとき出入口で、実に心臓に悪かった。この教習所の数少ない欠点のひとつだろう。
 大柄な鈴木亮平氏も心なしか青ざめている。彼もこんなアンポンタンを担当したくなかっただろうな。教習所のインストラクターというのは、さまざまな人と関わりを持つわけだから、大変な仕事ですよ。
 車を降りて、とにかくペコペコする僕。「この調子で頑張ってくださいね!」の一言が胸に刺さる。この調子で……いいのか? 初日は親切なお二人に当たってよかった。ここから先、まだ6コマもあるなんて、クラクラする。「Uh-HIGH BEAMS……」と念仏のように唱えながら、無料送迎バスに乗り込む。次回はちょうど1週間後。帰ったら運転教本を読み直そう。