志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

ペーパードライバー狂習【短期集中連載:第2回】

 22年前にMT車で免許を取れたことがいまだに信じられない。あまりに下手くそな僕を見かねて、「実際はオートマしか乗らへんからね〜」と教官が声をかけてくれたのが昨日のことのようだ。車を運転するどころか、機械に操られているといったほうが正しい。あのドタバタぶりは、『モダン・タイムス』に出てくるチャップリンにも負けていなかった。文字通り、社会の歯車と化していた。
 ヤなことはさっさと終えたいので、教習所に通う回数が少なくて済む時間割を組んだ。連続する2コマを4日間。最終日の2コマは高速道路での実践である。まだ何もやっていないのに、お腹が痛くなる。
 初日は夕方からの教習で、雨がしっかり降っていた。いつもの調子なら、大好きなGUNS N' ROSESを引き合いに出し、「November Rainが〜」などとうそぶくところだが、雨は雨である。しかも、11月の夕刻は真っ暗。運転にとっての悪条件が揃っていて、身震いする。
 1コマ目。ここの教習所はサービス面で定評がある。教習開始の5分前に予鈴が鳴り、教官がズラッと整列して出迎えるスタイル。昭和の刑事ドラマや戦隊モノのオープニングのような光景だ。日直的な教官が「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶し、皆さんが頭を下げてくださる。わあ緊張。22年前の東大阪市某所では考えられない光景だ。あの時はたしか、受付で発行されたレシート状の乗車券を握りしめ、「426」なら「426」と書かれた車のほうにテクテク歩いて行ったのだ。
 この教習所では、案内係の教官が「◯◯さーん!」と同僚を手招きし、生徒に引き合わせてくださる。こちらとしては、なんだか照れるシステムで、無駄に動悸が激しくなる。リメンバー・22イヤーズ・アゴゥ。こういうのって、最初の指導が肝心なのだ。僕の目の前に現れたのは、小柄で爽やかなメガネ女性だった。ニコニコと微笑みながら、こちらの不安を和らげてくださる。ありがたい。そのうえ、レースクイーンが差しそうなでっかい傘まで差してもらった。至れり尽くせりである。
 挨拶を終えると、簡単な問診のようなものが始まった。免許を取ってから一切ハンドルを握っていないこと、買い物や病院の送迎といった日常の場面で役立てたいことを述べる。「どこを押せばどうなるのか、まったくわかりません!」との念押しも忘れなかった。ライト、ウィンドウ、座席の位置調整など、本当にチンプンカンプンだからだ。小柄なメガネ女性、優しく失笑である。
 とりあえずは場内のコースをご案内します、とのことで、助手席に乗り込む。結構なまとまった雨で、視界が狭く感じる。もちろん、路面もビショビショだ。そういえば、22年前の教習、夜間に運転したことはあったかな? 不安が増して、教官のコース説明がまるで頭に入ってこない。
 いよいよ運転席へと移動。まずはミラーや座席の位置を確認するのだが、いやあ、わからないものですな。新幹線のシートを倒すのとはわけが違う。身を縮めたり伸ばしたりしながら、ようやく整いました(ねづっちです)。この時点で、すでに大汗をかいている。極めつけはハンドル位置の調整だった。こんなこと、22年前にやった記憶がない。ハンドル下のレバーをいじると、ガコンッと音を立てて外れた。頑丈なようでいて、簡素な構造だなあ。「車は、人を殺せる道具です」とアシスタント時代の僕に説いたツベタナ先生の顔を思い出す。エンジンをかける前から心が折れている。
 エンジンといえば、昔のように鍵を差し込んで回す方式ではないのだ。ボタン一発でブロロロッと起動するだなんて、未来そのもの。感激するレベルが、いちいち低すぎる。
 各種調整が終わり、いよいよ場内へ。22年前の教習では、数コマだけAT車を運転した記憶がある。MT車は「動かすぞ!」という確固たる意思がないと、動かないようにできている。その一方、AT車は、何もしなくてもスーッと動き出してしまう感じが怖い。
 親切な指導にしたがって、上ずった声で「はいっ! はいっ!」と返事する自分が恥ずかしかった。右折左折に道路標識、一切合切わからない。しかも、雨に濡れた路面が光り、なんだか恐ろしい。夕刻の教習所内はラッシュの様相を呈しており、行く先々でちょっとした渋滞になっていた。ウインカーを出すというシンプルな動作でさえも必死だ。所内を何周かグルグルしたわけだが、暗くて、道のどの位置を走ってるのか不安になる。そんななか、S字カーブとクランクのことは何故か体が覚えていて、一発でパス。自分という人体の仕組みがますますわからなくなった。
 さっき動かし始めたばかりなのに、もう終了時間に。いやはや、それぐらい内容が濃かったと言えよう。ここ10年で最大級の集中力を注ぎ込んだ気がする。こんなアンポンタンな僕にも、我慢強く指示してくださったことに感謝である。初回にしては、まずまず……だった……のか? 

 最後までにこやかに対応してくださった教官から、主に2点アドバイスを受けた。

①速度を十分に出すことを恐れている。
②交差点を曲がる時にハンドルを切るのがちょっと遅い。

 ①に関しては、自分でもこわごわ運転しているのがわかった。アクセルの踏み加減とスピードが体感的に結びついていない。こればっかりは慣れなのだろうか。②については、体と車が一体化していないと言われたようなもので、ひたすら恐縮。ここから1カ月かけて、修整を繰り返していくしかないだろう。

 「こんなんで次の段階に進んでいいのかな?」と激しく疑問に思ったが、次のコマからは路上教習を受けることとなった。「実際の道を走れば、スピードの出し加減が掴めますよ」とのことらしい。うーん、そういうものなのかな。とにかく、お疲れ様である。家に……帰りたい……。

 なんだか長くなってしまった。初日の2コマ目は次回。いよいよ路上に出た自分がハマったのは、意図せぬハイビーム地獄だった。