志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

ペーパードライバー狂習【短期集中連載:第6回】

 ペーパードライバー教習の最終日となった。高速教習を2コマ連続で、である。死が身近に迫っていることを感じ、僕は朝からオエオエえずいていた。20年前も高速教習を受けたわけだが、その時は受講生が2人同時に乗り、行きと帰りで分担しての運転だった。これがなかなかの緊張感で、常に上の空だったことを思い出す。高速の出口からおりるときに「志村くん、このままのスピードで行ったら、正月のコマのようにクルクル回るでえ」と注意されたのが懐かしい。同乗者(ヤンキー)はなすびのように青ざめていた。今回は僕1人での乗車なので、気兼ねなく失敗できますね。
 教習所によっては、高速教習をシミュレーターのみで終わらせるところもあると伝え聞く。いやいや、そんなの意味あるのかな、などと思いつつも、実地での走行をだんだん避けたくなってくる。体がむず痒い。
 本日のインストラクターは、テレ朝の野上アナそっくりの青年だ。本当にそっくり。サスペンダーとか似合いそう。爽やかで真面目という印象。これなら大丈夫だろう。天気も良好。気持ちの良い挨拶を交わして、いざ教習車へ。まずはガソリンが十分に入っているかどうかを確かめる野上アナである。今回は朝の1限目を予約したのだ。高速教習に限っては、午後の指導は受けられない仕組みになっている。それはそうだろう。ビギナーが夜のハイウェイでぶっ放したら、血の雨が降る。
 ちなみに、料金はすべて実費。ETCカードなど持っているわけがないので、必然的に現金での支払いとなる。申込時に千円もかからない旨を聞かされていたので、この日は小分けの袋(極小ジップロック)に硬貨をまとめて臨む用意周到さである。後続車のことを考えると、モタモタしていられない、財布など取り出す暇はないというのが僕のイメージだった。「今日は小銭、準備されてきましたか?」と野上アナに問われ、「小分けの袋に入れてきました!」と会心の笑みで返す僕。呆れられるかなとも思ったが、意外とそういうことをする人はいるようで、「あっ。その袋の中身、ここにぶちまけちゃいましょう」と冷静に提案された。シフトレバー横のくぼみ状のスペースにコインをジャラジャラ載せて、バッチリである。こういう時のために、日頃から100円玉をたくさん作っておくものだな。
 免許証を確認し、車両点検も完了。本日のコースを大まかに説明してもらった。2コマのほぼ全部を高速道路に使うか、フツーの道を多めに採り入れ、苦手な技術を練習するか。選択肢があるのはありがたいが、今回は高速道路の星になると決めていた。よろしくお願いします! と、意気込みだけは軽やかなペーパードライバーだ。
 教習所を出て、河川敷沿いの細い道を行く。「前の黄色いアウディを追いかけてください。多分、同じコースなので」とのこと。そうだった。ここの教習所は希望者にアウディを貸し出すのだ。めちゃくちゃ目立つ、真っ黄色。うっかり「六甲おろし」を歌いたくなるカラーリングだが、そんな余裕をかます技量はなく、ガチガチのカーチェイスである。この辺の土地勘がないもので、高速入口に行くまでに結構疲弊してしまった。慣れない道は本当にストレスフル。自分の心が危険水域に達していることを自覚し始めた。
 小柄メガネ女子鈴木亮平、亀田さん(仮名)、毒蝮ら、これまでお世話になった教官の顔を思い浮かべながら、安全運転。なのだが、途中の交差点でアクセルとブレーキを一瞬踏み間違えるトラブルも。まさかそんなミスをするわけがない! と焦ったけれど、これぞおっさんペーパードライバーのなせる業。さらに気を引き締めようと心に誓った。この時点でかなり胃と心臓を痛めていたわけだが。
 どこの出入口かは言わんが、この日は第三京浜の一部を使って練習することになった。つまり、「高速に乗ったと思ったら数か所先で降り、Uターンする」を時間の許す限り繰り返したわけである。昔、スイミング・スクールで時間いっぱいまでコースを往復するというのをやったが、あれと同じ感じだなと勝手に納得した。幸いにして20年前の「正月のコマ」現象は起こさなかったが、高速道路上でハンドルを大きめに動かしてしまう癖を指摘されたのが恥ずかしい。まっすぐ走ろうとすればするほど、周囲の車からは、ふらつき運転の危ない奴と見なされる。野上アナも「ちょっと左に寄ってきてますよ!」などと実況してくれるが、「はいっ、はいっ!」と返すのが精一杯。ハンドルはほんの少し動かすだけで位置修整できますよ、とのこと。「命あっての物種」ということわざが頭をかすめる。
 それにしても、加速車線というのはよくできている。エイヤーと加速すれば、ほぼ自動的に本線に合流できるようになっている。のだが、この教習中、道を譲ってくれない不親切な車が現われて、肝を冷やした。あんな車は、いかづちに打たれて燃え盛るがよかろう。野上アナの機転によって助かったけれども、1人で運転していたら、危なかったかもしれない。
 クライマックスは、何度も訪れた。料金所を通過するたびに一大イベント発生である。そもそも車をほとんど使わない生活をしてきた僕は、あの料金所なるものがどんな仕組みなのか、まるでわかっていない。まずは入口で「発券」するところから緊張する。発券機の横にぴったりと車をつけ、ウインドウを開け、手を伸ばす。この一連の行為をやり遂げただけで、「ああ、大人になったんだな」と感じ入ったものだ。そして、野上アナはマネージャーのごとく券を預かってくれた。優しい。
 出口は出口で大変だ。ETC/一般と書かれたレーン目がけて車を走らせるのだが、周囲の車により一層注意を払わねばならない。「これが首都高だったら、もっと複雑でビビっちゃうんですよねー」とさりげなくアドバイスしてくれる野上アナ。首都高に永遠に乗らないビギナーがいるというのも、なんとなく納得できた。だって、怖いもの。小銭を料金所のおじさんに渡す時も、野上アナは決死のサポート体制だ。100円玉をかき集めては渡し、僕から受け取った釣り銭を「ここに投げて! 出発して!」という役割を買って出てくれた。ここまで細やかな気配りをしてくれる人はなかなかいないだろう。アクセルの踏みかたにも更なる気合いが入る(危ない)。
 そんなこんなで、光の速さで2コマが終わってしまった。帰りの下道では抜け殻のようになっていた。気を付けてはいたのだが、高速走行時には気が大きくなってしまうようだ。道路を車でかっ飛ばす気分は何物にも代えがたい。だからこそ、ちょうどいい塩梅の緊張感が必要なのだろう。そんなことを考えながら、相変わらず、交差点でハンドルを切る時には「ヨイショ」と小声が出てしまう僕だった。
 以上で全日程終了。特に表彰されるわけでもなく、受付に会員カードを返却して、おしまい。次回はこのペーパードライバー教習で得た気付きなどをまとめて、連載を終えたいと思う。ドライブ・ミー・クレイジー