志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

ペーパードライバー狂習【短期集中連載:第1回】

 ファミコン最盛期に「ドラゴンボールZ 強襲!サイヤ人」という名作があった。原作のクオリティを損なわない程度にゲームシステムやストーリーの点で攻めていて、愛着をもって遊んだものだ。原作ではパッとしないチャオズが超能力を駆使して……という話はどうでもよく、強襲、もとい教習の話である。しかも、ペーパードライバー向けの。
 坂の多い町に住んでいる。いや、坂ではない。崖と言ったほうが正確だ。自宅は最寄り駅からそんなに離れていないし、超最低限の日常生活を営むには問題なし。でも、そこに「幸福」という尺度を採用した途端、ムムムと変な汗が出てくる。正直なところ、「ちょっとそこまで」の買い物などに苦労する。
 ここ数年、人生のさまざまな分岐点が訪れるようになった。もちろん、コロナ禍はおおいに関係あるのだが、自分が「そういう年齢」に差し掛かったことが一番大きい。
誰にもやって来るであろう、育児、介護等の生々しい場面。幸いにして、周りの家族は(表面上)健康だ。みんなの体が動くうちに、先を見据えた一手を打つのが賢明だろう。自分のことだけ考えて生きる時代は、知らぬ間に終わりを告げていたのだ。
 とまあ、まるで殊勝な心がけで教習に臨んだかのようだが、実際は嫌嫌ながらに決まっている。何しろ、車というものに対して自信がない。自慢じゃないが、こちとら免許を取得してからハンドルを握ったことがないのだ。22年3か月年ぶりの運転である。
 この間は、当然、ゴールド免許保持者だった。ゴールデン・ペーパードライバー! 聖闘士星矢の必殺技みたいな名前だ。運転しないことが最強の交通安全。維持費もかかるし、東京や大阪は交通手段が発達している。「べつに車、要らないよなぁ?」と考えるのは自然なことだった。運転免許証とは、なんと持ち運び便利な身分証明書であることよ。
 22年前の教習では、「今まで生きてきて、これ以上の屈辱を味わったことがない!」という悲惨な目に遭っている。親切で丁寧な教官に何人も巡り会えた一方で、徹底的に合わない人が数名いた。車という密室の中、こちらが傷つくような言葉や態度で対応され、泣きに泣いたものだ。
「ウチには車がないもので、仕組みがよくわかってなくて、すみません……」「そんなの、見ればわかります!」教習初回のおばさん先生のキッツい対応が後々まで響いた。わけもわからず、MT車を選択したのも敗因だった。クラッチって何? 何度もエンストして、その度にドッカンドッカンと車が暴れた。機械にまで馬鹿にされるのか。AT限定にしておけばよかった。僕はすべてにおいて自信を失った。
 そんな拷問のごとき日々再び! と想像しただけで立ちくらみがする。いろいろ調べた結果、手頃な教習所がわりと近所に見つかった。今の時代、ペーパードライバー向けの家庭教師サービスもあるらしいが、もちろんお高い。無料送迎バスあり、技能教習全8コマの5万円プランに賭けてみよう。今回は当然、AT車で申し込むのだ。
 自宅近くのケーキ屋の向かいに送迎バスが停まるらしい。おお、来た来た。運転手さんに会釈をし、「お願いします」とスムーズに乗り込む。ただ申込に行くだけなのに、顔色が悪い。20分ほど揺られるうちに、金八先生に出てきそうな河川敷が目の前に広がった。対向車とすれ違うのも難儀な、幅の狭い土手をズンズン進んでゆく。こんな立地で路上教習に出たら、即死だ。ますます顔色が悪くなるのがわかった。
 着いた。えらい近代的な建物だ。22年前に通った東大阪の教習所とはわけが違う。昨今、どのスクールも生徒獲得に血眼になっていると聞く。サービスが行き届いていないと、ナウなヤングはすぐにそっぽを向くのだそうだ。ここは設備も教官も評判が良いらしいのだが、果たしてどうか。とりあえず、トイレで用を足す。やけに清潔だ。
 受付に案内され、ペーパードライバー教習を申し込む。周りは学生だらけ、と思いきや、意外とバラエティ豊かな顔ぶれである。赤ちゃん連れの主婦(託児所もある)、トラックかバイクの免許を取りに来たであろうおっさん、ヤンキーカップル、その中に浮かない顔をした43歳自由業男性が縮こまっている。切ない。
 簡単にプランの説明を受けた後で、視力検査をする。唐突だなぁ。窓口で機械(?)を覗くのだが、ここぞというタイミングで視界がぼやける。うーん……(脂汗)。右1.5、左1.2と視力には絶大な自信があったのだけれど、そういえば何年もまともに測定していなかった。受付のお姉さんが気の毒そうに「0.3以上ないと、教習は受けられませんよ~」とプレッシャーをかけてきて、ますます焦る。じゃあ、こちらの大きい機械でもう一度やってみましょう、と受付の裏に連れて行かれたわけだが、うーん……(脂汗)。なんだか、お情けで通してもらったような気がしたけれども、基準には達したということで、手続き続行である。それにしても、なんなんだ「大きい機械」って。

 これは神様の思し召しと捉えよう。生活が落ち着いたら、眼科に行きなさい、と自分に命じる。なんなら、メガネも作るのだ。このままだと、免許更新の際に、再び大汗をかいて恐縮してしまうことになる。考えてみれば、この20数年間は文字を見続け、眼球を酷使してきた年月だった。そこへ、コロナ禍を経ての働き方改革(?)があったわけだ。目が悪くならないはずがない。
 青い顔が赤くなったり、ビショビショになったりするうちに、手続きも終盤へ。僕は週1回2コマのペースで11月を運転練習に捧げる決心をした。無駄に車種が選べるのだそうだ。BMVにAudiという選択肢もあったが、乗らないよなぁ……。男は黙って、国産車MAZDA AXELA一択でブイブイいわせるのだ。

 こうして幕を開けたペーパードライバー教習なのだが、まあ、毎回ドラマがありました。今日から数回に分けて、事の顛末を語っていこうと思う。実は週明け月曜日がラストの高速教習なんですよ。まだ死にたくないね。HIGHWAY TO HELL!