志村つくねの父さん母さんリヴァイアサン

文筆家・志村つくねの公式ブログ。本・音楽・映画を中心に。なるべくソリッドに。

『ザ・ビートルズ:Get Back』を観た(そして膝から崩れ落ちた)

 人知れずディズニープラスに入会した。そして、2カ月かけてじっくりと『ザ・ビートルズ:Get Back』を観た。3部構成、約8時間のドキュメンタリーだ。ここまで悠長なペースで鑑賞しようとは思っていなかったのだが、各シーンの情報量の多さに圧倒され、1日に10分から20分程度観るのがやっとだった。

 2021年11月の公開当時、かなり話題になった映像なのだが、ご覧になった方はどれくらいいらっしゃるのだろうか。なぜこんなことを尋ねるかというと、本ブログの読者に、いや全世界の人々に、今やっている仕事の手を止めて、この貴重な映像を観てもらいたいからだ。この記録映画は、人生観がまるで変わってしまう事件である。

ロード・オブ・ザ・リング』三部作のピーター・ジャクソンが監督を務め、約60時間の未公開映像と150時間の未発表音源を復元・編集したのだという。AIを用いて特定の人物の声や楽器の音を取り出すなど、きめ細やかな修復がなされたフィルムのおかげで、ビートルズの4人の息づかいがリアルに迫ってくる。ロンドンで行なわれた42分間のラスト・ライヴ ”ルーフトップ・コンサート”の完全版が収められている点が最大の売りではあるのだが、そこに至るまでの過程が極めて生々しく、片時も目が離せないほどだった。バンド内に険悪な空気が流れるときほど名演が生まれるなんてことをたまに耳にするけれども、それは本当だったんだ! とおおいに感激してしまった。

 このコンサートの歴史的意義や経緯について書くのが本稿の目的ではない。この2カ月間、ビートルズのリハーサルやミーティングに同席するような気持ちでこの世界に入り込んでいた僕の、今の率直な気持ちを綴っていきたい。手元のメモにはこんなことが殴り書きされている。

※ここから先はネタバレ、とまではいかないけれども、未見の人のお楽しみを奪ってしまう可能性がある。あまり読みたくない内容に差し掛かったら、薄目で読むなど対処していただければ幸いです。

 

 ジョン:優しくお茶目。スタジオ・ワークではウィットに富んだジョークが頻繁に飛び出す。序盤は好青年といった印象だが、終盤に進むにつれてカリスマ性が増してくるところがいい。特に、ライヴ本番での目つきや立ち姿に惚れてしまった。”ロックの神様”と呼んでも何ら差し支えのないほどの説得力がある。この世にこんな人が実在していたなんて、と感慨深くなってしまう。

 ポール:よく喋る。本当によく喋る。涸れることを知らぬ泉のごとく、音楽的なアイデアを豊富に出してくる。そして何より、歌のうまさだ。彼がメロディをこよなく愛しているということもリハーサルの様子からよく伝わってきた。ベースはもちろん、ピアノやギターも情感たっぷりに弾きこなすマルチ・プレイヤーであることを再確認した。

 ジョージ:ジョンとポールの才能を認めつつも、終始どこか寂し気な表情を見せている。作品中、とある事件が起こるのだが、その前後の彼の眼差しや言動は要注目。「大丈夫! あなたが残した素晴らしい曲の数々を我々は知っているよ!」と慰めたくなる。それにしても、彼もまた偉大なミュージシャンだ。こんな人材が4人も揃っていたビートルズって、一体どうなっとるんだ?

 リンゴ:4人の中ではもっとも口数が少ないが、ここぞというときに見せる可愛さがたまらない。実は、本作を観て「この人、カッコいいな!」ともっとも心が震えたのがリンゴの佇まいと動きだった。やや愁いを帯びたヴィジュアルと独特の間合いのドラム演奏が最高。他の3人のやりとりの傍観者のようでいて、一番深く物事を考えていそう。この時代のリンゴの髪型が個人的にツボである。

 ヨーコ:「なぜそこにいる!?」と何度も声に出して画面にツッコミそうになった。ジョンの隣に常にベッタリの姿を見て、ワオ! 軽音サークルでよく見かけた光景! と変に感動してしまったのは僕だけだろうか。彼女が歴史の証人であり当事者なのは納得だけれども、驚くべき存在感である。ところどころで奇声を上げている。「ああ、奇声を上げる人なんだな」と思ってしまう。

 その他、周りで蠢くスタッフ、貢献度の高すぎるビリー・プレストン、ルーフトップ・コンサートの騒ぎを聞きつけて集まったロンドンの皆さんなど、印象に残る人々を挙げればキリがない。収集のつかなそうな素材をよく8時間にまとめたものだと感服してしまう。

 つくづく、今までの自分は固定観念に縛られていたのだなと痛感する。僕はビートルズを知らなさ過ぎたのだ。24時間のうちに街中で彼らの楽曲を耳にしない日はない。単純にその事実が尊いのだけれども、あまりに当然のように消費しているせいなのか、彼らの偉大さを十分に理解できていなかったのだ。

 自分はマニアではないし、ファンと名乗れるかどうかも怪しい。アルバムはもちろん全部持っているが、それだけではビートルズの神髄に触れているとは言えないと思う。このドキュメンタリー映画を観て良かったのは、「Get Back」や「Don't Let Me Down」といった超有名曲の聴こえ方に大きな変化が生まれたことだ。たぶん、これからの僕は、こうした曲が流れるたびにルーフトップ・コンサートのことを思い出して興奮するだろう。

 歴史的な記述を丸暗記して他人様に披露するのも、ビートルズの楽しみ方のひとつなのかもしれない。でも、忘れてはいけないのは、彼らが創り出した音楽そのものであり、それを演奏するときの肉体である。

 ビートルズはカッコいい。ただ、それだけだ。